すぎた きゅうしん
杉田久信の “現場”
からの教育提言
 ≪基礎学力で教育再生≫

トップページへ  お問い合わせ
A.理論編 B.実践編 C.心の教育 ◆校長室の窓から ◆リンク集
1 当たり前のこと10カ条
2 心のキーワード36
3 生活指導は基礎学力の徹底で
4 
5 
6 
7

C−心の教育(規律のある中での温かい指導で心は育つ)

「当り前のこと10カ条」論

◆  戦後教育の結果としての近年の社会規範の崩壊

 連日報道される凶悪犯罪や少年犯罪、日常生活の中で目にすることが多くなった青少年の無軌道ぶりなどから、この国の社会規範の低下が一般の国民にも肌で感じられるくらい深刻になっている。現代の日本は、かつて日本人の誇りであった美しい礼儀作法が完全に失われ、マナーの悪さも急激に蔓延している。

 このことの原因はいろいろ考えられるが、はっきり言えることは、戦後の経済至上主義の歩みの中で、知識は教えても人間として守るべきことや善悪の判断などを教えてこなかった報いを受けているということである。加えて、1977年以降のゆとり教育の中で過度の自由化・個性化の教育改革が社会規範意識崩壊に拍車をかけたと思われる。中でも、指導的立場に立つ者に対して、「一流大学から大企業へ」という豊かな生活を獲得する目標をもたせたり、近年では「個性」や「自己実現」が強調されたりしてきても、人や社会のために尽くそうという「使命感」や「高貴な志」「奉仕の心」、上に立つべきものがもつべき「責任感」や「勇気」を教えることが忘れられてきた。特に、名門進学高校では、一流大学のへの進学のみが目的となってきたし、その一流大学においても、将来、各界の指導的立場になる者に、上に立つ者の心構えを全く教育してこなかった。その結果が、政治家をはじめ官僚、警察、銀行、企業などの不祥事で浮かび上がる指導者層の無責任な姿やモラルのなさ、使命感の欠如である。

これらのことは、親子2代〜3代、半世紀にわたる戦後教育の中で、「悪いことは悪い」「人間として守るべきこと」等の「社会規範」を教育してこなかった必然的な結果であり根が深い。油断している間に、事態は予想以上に悪化してきたのである。

 

◆  守るべき社会規範を明確にする

戦後半世紀以上も日本の教育では社会規範を教えてこなかった。守るべき社会規範とは何なのかをはっきりさせる努力すらしてこなかった。戦前の「修身」の反動から社会規範について思考停止に陥ってきたのだ。しかも、文部省と日教組の双方から、道徳では価値の押しつけや教え込みをしてはならないとされてきた。これでは、「悪いことは悪い」と教えることも守るべき社会規範を教えることも、やりにくくなるのは当然であろう。それでも今日まで社会がもってきたのは、人に迷惑をかけてはいけないといった当たり前の「暗黙の社会規範」があったからである。しかし、旧世代の人々が社会から姿を消していったことにより、今やそれも怪しくなっている。

 「当り前のこと十か条」は、守るべき社会規範を「当たり前のこと」という誰もが賛同できる観点から提示して、『修身』の反動から思考停止してきた状況を打破しようとするものである。これは曖昧になっている社会規範や生き方への一つの提案である。

今までの教育のやり方では、「思いやりの心を持とう」「他人の立場で考えよう」などの言葉を子供に与えることが多かった。これらは、心の次元であり、人の心の中は検証しようがない。また、それは具体的でなく、行動にも直結しにくいという欠陥がある。これに対して、「当たり前のこと十か条」は「明るいあいさつをする」「人のものに手をださない」「人をぶたない」など全てが行動の次元であり、具体的、シンプル、即行動に直結する内容になっている。また、これは子供を細かい規則で縛るためのものでなく、逆に子供たちが自由に幸せに生きていくために、好ましい生活習慣や人として最低守らねばならない当り前のことを示したものである。「十か条」は、各学校で保護者・地域と十分な協議を重ねて合意づくりを図り、学校の実態に合わせて内容を決定していくことが大切である。

当り前のことを徹底する教育は、世界に通用する日本人を育てることになる。当り前のことがきちんとできる人は、いつの時代にも世界から尊敬されるからである。

 私は、平成十年に初めて校長として赴任した水橋西部小学校で、「当たり前のこと十か条」を決めて、各教室や玄関等に掲示し、校長として子どもの前で話をするときは毎回この「当たり前のこと十か条」を引用して、真剣に語りかけてきた。担任の先生方もよく引用して指導してくれた。十か条は項目が多いので、当面する重点3項目に線を引いて徹底することは効果的であった。

これは、赴任とともに遭遇した学級崩壊と子どもたちの暴走に、悩み苦しむ中で搾り出した実践であった。「十か条」による取り組みは、学校全体に引き締まった雰囲気をもたらした。これを基盤にして熱心な個別指導を行ったことで、暴走していた子供たちも、2年目には落ち着きを取り戻し、問題行動は激減した。これは十か条を基にした指導が一定の効果をあげたものと確信している。

 

◆  「当たり前のこと十か条」の内容と解説

@ 明るいあいさつをする

  挨拶は全ての人間関係の原点であり、社会性の基本中の基本である。挨拶は自分からするものであること、挨拶で明るい気持ちになれることを教えていきたいものだ。

A なにかしてもらったら「ありがとう」を言う

  今の子供たちに一番欠けているのがこれだ。日常の様々な場面で、気軽に「ありがとう」が
  言えるように習慣化していきたいものである。このことは、子供たちが幸せに生きていく上Z で絶対に必要なことであろう。

B 使ったものは必ずもとのところへもどす ちらかしたら、自分で後片づけをする

  片付けは、「自分のことは自分でやる」ということや、「物事を最後までやる」ということを身
に付けさせる出発点となる。この習慣は小学校が終わるまでに身につけていなければ、大人
になってから苦労することになる。

C 人のものに手をださない

  これは言うまでもなく人間として守らなければならない最低限の規範である。しかし、自分
  の欲求をコントロールする力が弱くて、物がほしければ盗ってまでも、人を押し退けてまでも
  手に入れようとする子がいる。これには断固とした対応が必要である。

D 人をぶたない

  これは人間尊重の原点を最も単純化した言葉だ。これには言葉の暴力や仲間はずれなど
  も含む。今、キレる子供が低年齢化している。幼い頃からこのしつけが重要である。

E 人のめいわくになることをしない

  これは、日本人に伝統的に受け継がれてきた躾の言葉である。多くの人は、成人してから
  も、年老いた親からこの言葉を言われてきたのではなかろうか。しかし、最近はこの伝統も
  怪しくなっている。これは「十か条」の中で最も範囲が広くやや抽象的であるが、要は、相手
  が嫌がることをしないということだ。ただ、人は人の世話にならなければ生きていけない存
  在である。人の世話になること即迷惑と考えるのは間違いである。 親や先生に、ほどほど
  の世話になることは迷惑でなく、むしろ必要なことだと教えておきたい。

F 悪いことをしたら「ごめんなさい」と言う

  これは、人は失敗するものだという前提に立っている。もし過ちを犯したり、失敗したりした
  ときには、謝ることが大切だ。「ごめんなさい」といえばすむことなのに、言わないために大
  喧嘩になる。この言葉が素直に出るように習慣化したいものだ。

G ルールを守り、ずるをしない  授業中は、かってにしゃべったり席を立ったりしない 

  一人でもずるをすることで、集団の遊びや社会生活は崩れていき、ずるをする者も軽蔑さ
  れ嫌われる。これは社会性を養う基本である。授業中の私語や立ち歩きの禁止は、学校生
  活で守らねばならない最低限のルールである。

H 食事の前には手をあらい、ごはんはよくかんで食べる

  これは衛生・健康の基本である。よく噛むことの効用は、唾液やホルモンの分泌を促し身
  体の健康ばかりか、頭への血流を促し脳の活性化にもつながるといわれている。

I よく遊び、よく学び、よくねむる

  これはバランスのとれた生活をすることである。特に近年、全国的に夜ふかしが発展して
  昼と夜が逆転して不登校になる子供が増えているという。夜型の生活は要注意である。

 * みなさんが大きくなったときに、いきづまったり、どうしていいかわからなくなったりしたら
    むつかしく考えないで、この「あたりまえのこと」を思い出しましょう

  人が行き詰まっているときというのは、当たり前のことを忘れて複雑なところに迷い込んで
  いることが多いもの。救いは単純で当たり前の中にあることを教えておきたい。

 

◆  「当たり前のこと十か条」の指導は、褒める・励ます指導とセットで行う

  当たり前のことをしっかり身につけさせるのは、幼児期から小学校3年生くらいまでが特に
  効果的であると考えている。人間として守らなければならない当たり前のことを、幼い頃か
  ら理屈抜きで刷り込んでおくことは必要なことである。この基盤の上に、小学4年生くらい
  から中学生、高校生に深く考えさせる道徳の指導が行われたら理想的である。しかし、実 際には子どもたちの現状から、小学校高学年や中高生にも規範意識を身につけさせるため に、当たり前のことを徹底する指導は必要であると思われる。

 「当たり前のこと十か条」の指導で大切なのは、子どものよさを見つけ徹底的に褒め、励ま
  すことや、子どもの夢や志を大切にする等の温かく希望を感じさせる指導とセットで行うこと
  である。これがなかったら堅苦しく冷たい雰囲気が生じる恐れがあると思われるので気をつ
  けたい。